Ep10/ 生物学の転換点:“もの取り”からゲノム時代へ

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はじめに

1990年代からわずか25年。
その間に、生物学の研究手法や「当たり前」は大きく変わりました。
かつては、体の一部を手で「取り出す」、あるいは人に直接針を刺して血液を採る―そんな手作業、肉体労働的な研究も珍しくありませんでした。

しかし、2000年のヒトゲノム解読以降、研究の主流と価値観はがらりと変化しました。
この変化を、研究者の太巻きさんと語っていきます。

昔の研究は「挑戦と根性」だった

極小組織を手で扱う職人科学

かつては、マウスの腎臓から糸球体や尿細管を“手で”切り出し、そこに液体を流して「入ってきた成分」と「出てきた成分」を調べる、という実験がされていました。
想像以上に繊細で地道な作業。まさに職人技です。
こうした手仕事によって、研究者は地道にデータを積み上げていたのです。

健康な人を対象にした生理実験とその衝撃

昔は、健康な人の複数の静脈から血液を採取し、たとえば腸管直下の血と全身血を比べるような実験も行われていました。
そのおかげで、「腸管がドーパミンやセロトニンの主要な産生源である」「血中で最も多く存在するドーパミン形態は“ドーパミンサルフェート”である」といった驚きの発見が出たのです。
今では倫理委員会でまず認められないような実験が、多くあった時代でした。

技術進歩と同時に増えた“制約”

昔のような人体実験や大型動物実験は、現代ではほとんど不可能になっています。
たとえマウスを使っても、複数部位から時間をかけて血液を採るのは難しい。
大型動物実験は施設とコストの問題で、一般の研究者にはほぼ手が届きません。

このように、倫理や社会の価値観の変化によって、「できる研究」と「許される研究」の境界線が大きく変わったのです。

“再現性”とは何かを考える

「誰でもできる再現性」とは?

現代研究では、統一された技術、標準化されたプロトコール、均質な環境が重視されます。
だから、「再現性がない=その結果は疑わしい」とされがち。

「その人にしかできない再現性」の価値

しかし昔の研究には、
その研究者本人にしかできない手技」が多くありました。
それでも正しくて、今も教科書に残っている発見もあります。
つまり「再現できない」のではなく、「再現できる人がいない」ということもあるのです。

再現性をどう捉えるか──それは、研究の評価基準にも深く関わる問題です。

2000年の革命:ゲノム時代の幕開け

2000年、ヒトゲノムの完全解読が実現。
これを機に、生物学の“常識”は根底から覆されました。

従来のアプローチ: “もの取り”からの研究

かつては、未知の生理活性物質を探し出し、タンパク質を精製し、そこから遺伝子を探す―という流れが主流でした。
ホルモンや酵素を“もの”として扱い、それがどのような構造で、どの遺伝子から作られるのかを一つ一つ明らかにする。

ゲノム解読後のアプローチ: 遺伝子 → 機能の時代へ

ところがゲノムが読めるようになって以降、
まず遺伝子を欠損させ(ノックアウト)、その影響を見る」やり方が主流に。
さらに、次世代シークエンサーの登場で、RNA発現まで簡単に網羅的に測定できるようになりました。

この変化により、実験はずっと早く、ずっとデータが“きれいに”、そして“再現性高く”なりました。

研究の価値基準と “何が面白いか” の変化

かつて「未知の物質の発見」はノーベル賞級でした。
でも、ゲノム時代では“ただの発見”ではインパクトが薄い。
価値は、網羅性、再現性、そしてデータの信頼性に移ってきています。

これによって、
「観察と発見」に重きを置いた古典的な生理学や代謝学のような研究は、次第に影が薄くなっています。

研究の“何を面白いと思うか”、
その価値観が、時代によって大きくシフトしたのです。

科学は社会とともに変わる

技術も、倫理も、価値観も―
科学は技術の発展だけで進むわけではありません。

でも、その根底にあるのはいつの時代も同じ。「生命とは何か」を知りたいという探究心

その熱量があったからこそ、どの時代も新しい発見が生まれた。
そして、その気持ちは、今もこれからも。

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